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甥(おい)だか姪(めい)
 畑、水汲みの仕事などはおもに正代という小娘がやっていた。よく働く。僕が来たばかりの晩、僕の部屋は家の一等端の広い土間で母屋と区別されているのだが、そこの土間へぬっと入ってきて黙ってお茶の入った薬罐(やかん)をつきだしてくれた。頭を風呂敷のような布(き)れで包んで首の後でしばり、眼のありかがわからないくらいに細くなっている。笑っているのか、もともとそういう顔なのかわからない。この家には震災のとき死んだアナアキストの甥(おい)だか姪(めい)だかにあたる白痴がいると聞いたので、それかと思った。だが正代という娘はそうではなかった。この家にはだいぶ老牛だという種牛が一頭いる。そいつを自由にできるのはこの十六になる娘だけだった。ほかの誰が近づいても危い。血走ったぐりぐりする眼で草を喰(は)んでいるが、人が近づくと遠くの方からちゃんと知っていて、だんだん頭を地面に下げる。うっかりすると、角を持ち上げてぬっと迫ってくる。そいつは肩から首から、とても巨(で)かくて、牛というよりは猛獣に近い。正代は平気でそいつの鼻面をつかまえる。時々近所の人が牝牛をひいてカケてもらいに来るが、それはみな正代の役目だ。この娘はだんだん僕に慣れて、散歩のときなんかに会うと笑ってみせる。それがあのただ眼を細くするだけなのだ。ときどき向うから話しかけるが、まるで単語をならべるような話しぶりだ。
| - | 17:06 | comments(11) | trackbacks(79) | このページのトップへ