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甥(おい)だか姪(めい)
 畑、水汲みの仕事などはおもに正代という小娘がやっていた。よく働く。僕が来たばかりの晩、僕の部屋は家の一等端の広い土間で母屋と区別されているのだが、そこの土間へぬっと入ってきて黙ってお茶の入った薬罐(やかん)をつきだしてくれた。頭を風呂敷のような布(き)れで包んで首の後でしばり、眼のありかがわからないくらいに細くなっている。笑っているのか、もともとそういう顔なのかわからない。この家には震災のとき死んだアナアキストの甥(おい)だか姪(めい)だかにあたる白痴がいると聞いたので、それかと思った。だが正代という娘はそうではなかった。この家にはだいぶ老牛だという種牛が一頭いる。そいつを自由にできるのはこの十六になる娘だけだった。ほかの誰が近づいても危い。血走ったぐりぐりする眼で草を喰(は)んでいるが、人が近づくと遠くの方からちゃんと知っていて、だんだん頭を地面に下げる。うっかりすると、角を持ち上げてぬっと迫ってくる。そいつは肩から首から、とても巨(で)かくて、牛というよりは猛獣に近い。正代は平気でそいつの鼻面をつかまえる。時々近所の人が牝牛をひいてカケてもらいに来るが、それはみな正代の役目だ。この娘はだんだん僕に慣れて、散歩のときなんかに会うと笑ってみせる。それがあのただ眼を細くするだけなのだ。ときどき向うから話しかけるが、まるで単語をならべるような話しぶりだ。
| - | 17:06 | comments(11) | trackbacks(79) | このページのトップへ
ドロップシップ




ドロップシップでもしようかな〜〜〜




















| - | 11:19 | comments(0) | trackbacks(1) | このページのトップへ
寿司くいねぇ 〜コレを食べなきゃ帰れない!!〜
やっぱり、大トロですよ。

あの油ののった大トロは最高ですよ。

やすければ、たらふく食いたいな〜〜
| - | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) | このページのトップへ
(だだっこ)
僕のいる家は六人家族だった。主人は阿古村の村長をしていて、ここが役場に遠いところから部落の方に住んでいる。その奥さんは四十あまりの、色の浅黒い眼の大きい、その眼は島の人に独特な倦(だ)る気(げ)で、どこか野生的な感じで、正代という身よりのない娘を相手にバタをつくることから一家の仕事をやっている。他に東京の女学校を出た養子の娘さんがいた。奥さんの姪(めい)にあたるので、部落の方にその実家があり、しょっちゅうそっちへ行っていた。坪田村という所のお医者さんで色の白い、素白(しらふ)のときはよく口ごもっておとなしいが、酒飲みで、そうなるとまるで様子の変る人が時々やってきた。噂では大変な遊蕩児(ゆうとうじ)だという。この医者と養子娘との間は公然の秘密になっていた。お医者さんは鉄砲が好きで、時々パンパンという音が遠くに聞え、それがだんだん近くなると、やがて向うの榛(はん)の木の林から猟犬の駈(か)け下りてくるのが見え、すぐ後からお医者が自転車にのってやってくる。娘さんはもうそのときはたいてい耕地の辺まで迎えに出てくる。時にはさっきまでそこらにいた娘さんが、お医者といっしょに林の方から現われることがある。鉄砲の音は「知らせ」なのかもしれない。僕の眼に映ったお医者さんには、悪い噂とは別に、どこかにむやみと人見知りするような内気さと、良家に育った駄々児(だだっこ)らしいところと、ある目立たない優しさの入りまじったところがあり、一方、子供のときから東京で永い間教育をうけた者が島にいつかされたとなったらこうでもあろうかと思われるような、どこかやり場のない退屈の結果といった緩漫な憂鬱さが感じられた。彼はしばしば猟の獲物を土産に持ってきてくれたので、僕もそのお招伴(しょうばん)にあずかった。
 だが、その医者の来訪をのぞいては、また毎朝近くの家々から牛乳罐を提げた女たちがバタ製造の土間へ集るほかは、この家では何もかものろのろと半ば眠って動いていた。奥さんは時々永いひる寝をするようだった。
「ほんとうに島の女はみんなよく眠りますよ。仕事がないんですからね。眠ってばっかり」
| - | 17:05 | comments(0) | trackbacks(0) | このページのトップへ
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| - | 10:42 | comments(0) | trackbacks(0) | このページのトップへ
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| - | 00:12 | comments(0) | trackbacks(0) | このページのトップへ
ヴァリエテ
 佳一は、久しぶりで大岡を訪ねた。
 不在で、細君が玄関へ出て来た。四五日前からシネマの用事で京都へ行っているということであった。
「そうですか、じゃまた上ります。おかえりになったらよろしく」
 再び帽子をかぶりそこを出たが、佳一は、そろそろ貸ボートなど浮かび初めた牛込見付の初夏景色を見下したまま佇んだ。
 大岡は、ああいっていたって、本当に京都へ行ったのかどうか解りはしなかった。彼の彫刻のモデルになったお美濃さんという若い娘が、近頃恋人になった話は、佳一も聞いていた。大岡は、これまでもそういう種類のすきな女が出来ると、十日でも二十日でも、互があきるまで家をおっぽり出して、どこかへ引籠って暮す性の男なのであった。
 佳一は苦笑と羨望とを、同時に年上の友に対して感じた。彼はエアシップの吸殻を、ボールでも投げるように、勢いよく濠の水の上へ投げすて、あゆみ出した。
 午後二時の神楽坂(かぐらざか)はいたって閑散だ。ここには特別彼を立ちどまらせるほどのショウ・ウィンドウもない。大股に坂を登って行く、後で、
「いけませんよ、お嬢さま、そんなにお駆けんなっちゃ」
 若い女の声がした。薄桃色のピラピラした小さいものが、眼を掠めたと思うと、いきなり五つばかりの女の児が、横から彼につき当たった。佳一はびっくりして身をひらいた。
「――近藤さん、どこいくの」
 佳一は、二度びっくりで、女の児の顔を見た。
「なーんだ。楓ちゃんか! びっくりしちゃった」
 楓は、早速佳一に手をひかせてあるきながら、また、
「ね、どこいくのよ」
ときいた。
「さあどこへ行こうか……楓ちゃんはどこへいらしたの?」
「歯医者へいったの」
「そいで、アーン、アーン泣いたんでしょう? 電車の中まで聞こえてよ」
「嘘! 楓ちゃん泣かなくってよ、今日は」
「チョコレートばっかりたべるから、今に歯なしになるんだろう」
「ううん、一本とるだけ」
 気の利いた洋服を着せられた楓の手を引いているうちに、佳一は矢来(やらい)の榎の家へ行って見てもいい気持ちになって来た。楓の母親が、佳一の姉と同窓であった。その関係で、彼は一種のファミリー・フレンドとなっているのであった。
 資生堂で、女中が命じられた買物に入った。外の飾窓の前に立ちながら、佳一は、
「お母さまは?」
と楓にきいた。
「おうちにいらっしゃるの?」
「うん、いらっしゃるの」
「楓ちゃん、お家まで送ってって上げましょうね」
 丁度彼等の目の前を、真っ赤な着物をきたサンドウィッチ・マンが通り過ぎた。楓はその方に気をとられ、佳一のいったことには返事しなかった。

 女中が、
「では、ちょっとお待ち下さいまし」
と小走りに台所口へ廻る。それにかまわず、佳一は、楓を先に立てて庭へ入って行った。あまり広くない地面に芝を植え、棕梠(しゅろ)の青い葉が、西洋間の窓近くさし出ている。窓は開いて、ピアノの途切れ途切れの音がした。
「おかあちゃま、ただいまア!」
 楓は、サンダルのつま先立って、窓の内を見上げ、芝生から叫んだ。
「おかえんなさい」
 佳一は黙って楓の体を窓の高さまでさし上げてやった。楓は両手を振廻して喜んだ。
「ワー、見てよ、見てよ、おかあちゃま」
「あら!」
 桃色のかげにある佳一を見つけ、絹子は、いささかきまりの悪いような顔でピアノの前から立って来た。
「いらっしゃい。ちっとも知らなかったわ、いやあね、いきなりそんなところからお覗きんなったりして、さ、どうぞ」
 窓枠へあちら向きに楓をのせたまま、佳一は、傍のイタリー風の大硝子扉から室内へ入った。
「暫く」
「本当に暫くね、お姉さまの方もお変りなくて? 私どこへもすっかり失礼しちゃっているのよこの頃」
「相変らずでしょう。僕もこないだうちちょっと忙しかったんで行きませんけど」
「――この前お目にかかったの、いつ? 聖マルグリットの音楽会のときじゃなかって?」
「三月経ちますね」
「早いこと」
 楓の体をおさえて絹子も窓枠によりかかっている。おかっぱの娘の小さいぱっとした桃色と、絹子の黄がかった単衣姿とが逆光線を受け活々(いきいき)した感じで佳一の目を捕えた。
「榎氏もお変りなしですか」
「え、ありがとう」
 大きい眼と唇に一種の表情を浮べながら、
「あのひと、いつだって鉄騎士(アイロンナイト)よ」
「お出かけ?」
「ええ」
 榎は、商用でフランスへ半年ばかり行って来た。帰った当座は、絹子を連れて晩餐をたべに出かけたり、若い者を招んで、ダンシング・パアティを開いたりした。しかし、それは、ほんの一時のいわば榎の出来心で、フランスの僅か半年の影響が彼の感情から消えると同時に、榎は、もとの謹直一方の、やや退屈な良人に戻った。
 花火の散った後のような心持で、絹子は、日常生活の詰らなさを、一層強く感じているらしかった。
「私のピアノだって、あなたのお姉さまのなすってらっしゃるお心持とは大分違うわ。和子さんなんか [#アキはママ]本当にお好きで、天分もおありんなって、本ものになろうとしていらっしゃるんだからいいけれど、私なんぞ、外にすることがないし、したくったって出来ないから、まあ憂さ晴しみたいなもんなんですものね」
 佳一にそんな打あけ話をするくらいであった。或るとき、姉の和子にそのことを話すと、和子は、
「そうお。……佳一さん、信用があるのね、おめでとう」
 冗談とも本気ともつかず笑っていった。何かぼんやりした微妙なものがあることは佳一も感じてい、榎のいるとき、いないとき、絹子の打ちとけ方に相違のあることをも、彼は心づいているのであった。
「さ、ポチゃの子、見てらっしゃい。楓ちゃん、まだか、まだかってないてたことよ」
 窓際のディヴァンにかけ、佳一は冷たい紅茶のコップをとり上げた。
 絹子は、臙脂(えんじ)色の帯の横を見せ、立ったまま二つ三つピアノで諧音(アッコード)を鳴らした。
「変じゃないこと? このピアノ」
「どうかしたんですか」
「大変なことになっちゃったの」
 絹子は小さい声で、
「贋なんですって、ベッシュタインの」
といった。
「私閉口しているの、実は。これ買うとき、ほら榎、神戸へ行っていたでしょう。電報打ったり何かして買わせたんですもの」
「でも――本当なんですか、誰か鑑定したんですか」
「ついこの間、偶然会社の人が来て、麻布のミセス・フーシェって方のところへおとまりになったんですって。そこに、これと同じのが一台ありましたの。ミセス・フーシェだってベッシュタインだと思い込んで、お見せになったんでしょう。その人から判ったの。そんなことが分ったら、すっかり音まで変になっちゃったようで……」
 二人は笑った。
「榎さんにおっしゃって、じゃ処分した方がいいですね」
「それで閉口なのよ。――あのひと自分が家にいると、ピアノ、まあやかましいって部ですもの、すっかり私、信用を失わなくちゃならないんですもの」
「じゃ、飽きたことにして、どこかへ押しつけるか」
 絹子は、深いえくぼをよせ、黙って笑ったまま短いチャイコフスキーのバラッドを一つひいた。練習のつんだ正確なひきようだが、ニュアンスがない。いつも絹子のひきぶりはそうであった。
 果物などむきながら、彼等はやがて、活動のことを話した。佳一は、
「とても素敵だ、僕、水が出そうんなったところありますよ」
とヴァリエテをほめた。
「通にいわせれば、いろんな苦情があるんだろうけれど、やっぱりよかったな。リア・ド・プティ――女優ね、随分新鮮でよくやっていたし、ヤニングス、僕オセロよりいいと思ったな」
「まあ! そんな? 私オセロは見たのよ」
「そんならなおだ。ヴァリエテ御覧なさるといい」
「さ、どうお一つ、これは本ものらしいから上って頂戴な」
 サンキストと皮に文字を打ってあるオレンジをとり分けながら、絹子は、
「じゃ、お友達でも誘ってぜひ見ましょう」
 弾んだ調子でいったが、
「でも、私共みたいな境遇詰らないわねえ。ちょっとそんなものでも見ましょうってお誘いしたって、直出かけられるような方一人もいらっしゃらないんですもの」
 榎は、ダンスをやめたと同時に、二十七歳の絹子が、稀には良人と活動でも見たい心持を持つことさえ、理解するのを中止してしまったようであった。
 絹子は、剥(む)きかけたオレンジをそのままたべもせず皿に置き、うつむいてフィンガー・ボウルに指先を濡し、いった。
「もう二年ぐらいになるわ、そんなところへ行かなくなってから……いよいよお婆さんになるばかりね、ですもの」
 佳一は、楓の大きい姉ぐらいにしか見えぬ絹子が、自分からよくお婆さんという、いわれる度に、妙な居心地わるい気持になった。彼は、自然に話の調子で、
「お連が面倒なら、僕お伴してもいいですよ」
といった。
「そう? でもお気の毒ですわ、もう御覧なったんですもの」
「平気! それは。ウィンダアミア夫人の扇だって二度見たんですもの」
「そうお?――じゃ御一緒に願おうかしら……早い方がいいわね」
「場所が悪くなりますね、あとだと……」
「夜私あけられないから、昼間でなくちゃ都合わるいんだけれど――あなた、でも本当に御迷惑じゃいらっしゃらないの?」
 絹子にとって、活動見物は一つの冒険であるらしく、俄に活気を帯びた眼の輝きや、さり気なく小声になった相談が、ふと佳一の興味を捕えた。
「小さいひとがやかましいし、いろいろだから……じゃ明日お午っから出ましょうか。七時までに帰れますわね」
「でも……榎さん明日お出かけですか」
「出るでしょうきっと。……きのうは十一時ごろ出てったわ」
 絹子は、薄い肩をちょっと引そばめるようにして笑った。
「今日は?」
「さあ一時過ぎてたかしら」
 榎が形式的に顔を出す先代からの合名会社が日本橋にあるのであった。
「あした一時じゃ、工合わるいですね、かえりがおそくなるから」
「そうね……でも、きっと出て行くでしょう……」
 帯留の下のところで、両腕を銘仙の袂の上から持ち合わせていた絹子は、
「ああ、じゃこうしましょう、もし家にいて都合わるかったらお電話申上げるわ、お宅へ」
「だって、なんて?」
「あら! 本当にね、何ていいましょう!」
 絹子と佳一は、おかしそうに、自然のおかしさをやや誇張した笑い声で笑った。やがて、佳一が、真面目になって策を授けた。
「じゃ御都合わるかったら、電話で、こないだの話は、向うから都合悪いといって来たからって、いって下さいませんか。安達さんへテニス・コート拝借するんです」
「ああ、名案! 名案! あなたそんなに見えていらしってなかなかなのね」
 安達というのは、絹子の実家で、池袋にテニス・コートを持っているのであった。
 出られたら、十二時半頃、佳一の家へ寄ることに一旦決りかけたが、絹子が、
「でも、なんだか……」
と首を曲げた。
「お母様にお正月御挨拶申上げたっきりで、遊びにだけおよりするの、現金すぎて少し極りが悪いわ」
 結局天気がよくて、榎が留守になったら、新宿の停留場で待ち合わすことになった。
「とんだお伴おさせ申すわね」
「いいえ!」
 佳一は真面目な、青年らしい面持ちで、頭を振り、対手の言葉を否定した。

 その相談が纏まると、何か今日の用がすんだような心持になり、佳一は程なく椅子から立ち上った。
「――どうも失礼……じゃ」
「そうお」
 絹子も同じような感情と見え、親密を表した眼つきで自分の場所から立った。
「では……どうぞよろしく」
 玄関へ廻ると犬小屋の傍にいた楓が、さっきの桃色の上にエプロンをかけさせられ、駆けよって来た。絹子は、母らしくその楓を自分の前に立たせ、改まって、
「じゃさようなら、失礼いたしました」
と、高く娘のおかっぱの上へ窮屈そうに頭を下げた。

 佳一は、甘えて何かいう楓の声をうしろにきき、足早に門を出た。往来を、今度はゆっくり江戸川の方へあるき初めたが、榎の家から遠のけば遠のくほど、彼の胸に漠然とした面白さが湧いた。絹子を、彼は決して恋していなかったし、美しい人とも思っていなかった。先方も種々な点から信用して内輪話もするのであることを、理解していた。彼となら、万一活動見物が知れたとしても、
「でもあなた、佳一さんよ」
と絹子がいえば、少くとも一度は、榎も黙認しなければならないであろう。用心深く、そこまで絹子が考えた結果にしろ、そうでないにしろ、佳一の興味に違いはなかった。妹の順子の友達たちでは、その家の玄関に送り込むまで全部佳一の責任であった。それと違って、立派な大人なよその夫人が、自身に全部責任を負って、彼と楽しもうというのは、何と愉快なことであろう! 若しステッキを持っていたら何となく、一ふり、日没の町に向ってふっただろう軽やかな張合いある心持であった。
 佳一は、品よい頬を元気な歩行と幾分の亢奮とで薄く赤らめながら、出入りのラジオ屋の店へ向ってあるいた。
| - | 22:10 | comments(0) | trackbacks(1) | このページのトップへ
月島丸(つきしままる)
 大学の池のまわりも、去年の火事で、だいぶ様子が変わってしまった。建物などは、どうでもなるだろうが、あの古い樹木の復旧は急にはできそうもない。惜しいものである。それでも、あの大きな木が、全部は焼けなくてしあわせであった。たとえば池の北側に、大きなまっ黒く茂った枝を水面近くまでのばしている、あの木などもこの池の景色をスペシファイする一つのだいじな要素になっているのだが、あれなどの助かったのはしあわせである。毎年この木の下で、ディップサークルをすえては、観測の稽古(けいこ)のお相手をして来た私には、特にそんな気がする。
 あの木の下の水面に睡蓮(すいれん)がある。これはもちろん火事にはなんともなかったに相違ない。ことしの夏、どこかの画学生が来てあれを写生していた。モネーの有名なシリーズがなかったら、ああいう構図は、洋画としてはオリジナルかもしれないが、今では別に珍しくはなさそうである。もっとも対象はいくら古くても、目と腕とが新しければ、いくらでも新しい「発見」はできるはずだろうが、私の見たできばえでは、そうでもなさそうであった。
 あの睡蓮は近ごろのものである。もとは河骨(こうほね)のようなものと、もう一種の浮き草のようなものがあったのだと記憶している。ことしは睡蓮が著しく繁殖して来た。紅白二種のうちで、白いほうが繁殖力が大きいように思われる。実際そうであるか、どうか、専門家に聞いてみなければわからない。事実はどうだか知らないが、もしそうだとすると、これは一つのおもしろい問題になりそうである。それから、もし、睡蓮が他の水草を次第に圧迫して蔓延(まんえん)するか、しないか、これも問題である。物好きな人があったら、年々写真でもとっておいて、あとで研究したらおもしろそうである。
 ついでながら、池には大きな鯉(こい)がかなりたくさんいる。あたたかい時候には時々姿を見せるが、寒中には、どうしているかさっぱり見えない。大きなすっぽんもいるそうだが、私はまだ見た事がない。あの火事では鯉やすっぽんもずいぶん驚いた事だろう。あの時に一度池の水の温度でも測ってみたらよかったと、あとで思いついたが、当時はそれどころではなかった。事によると薄いスプルングシヒトぐらいはできていたかもしれなかった。
 鯉については、某教授に関する一插話(いっそうわ)がある。教授が池を見おろしながら、小使いの某君と話していた。教授が「あいつを食ったらうまいだろうな」とひとり言のように言ったのに答えて、小使いが、あまりうまくないとか、苦(にが)いとか言ったそうである。これに対する教授の電光のようなリマークは「ヤ、貴様食ったな」というのであった、と伝えられている。事実は保証しない。
 鯉(こい)やすっぽんのほかに、ブルフログを養殖しようという話もあったと記憶しているが、結局おやめになったと見える。もしほんとうに、あすこに、大きなブルフログが繁殖して、大きな声でも上げているのだと、少なくも何事かを考えさせられそうである。場所がらだけに、少なくも新聞の青鉛筆子や漫画子の材料にはなっていたかもしれない。
 池のみぎわでおたまじゃくしの行列を見る事もある。あの行列の道筋に何か方則があるだろうか、水流と何か関係があるだろうか。そんな事をだれかと議論した事があった。もちろんなんの結論も得られなかった。
 冗談はさておいて、この池が、これまでに、いろいろのまじめな研究の材料を供給している事も、数え上げれば、少なくないようである。
 池中に棲息(せいそく)するある生物の研究を、学位論文の題目とした先輩が、少なくも二人はあるそうである。
 田中館(たなかだて)先生が電流による水道鉄管の腐蝕(ふしょく)に関する研究をされた時、やはりこの池の水中でいろいろの実験をやられたように聞いている。その時に使われた鉄管の標本が、まだ保存されているはずである。
 月島丸(つきしままる)が沈没して、その捜索が問題となった時に、中村(なかむら)先生がいろいろの考案をされて、当時学生であったわれわれがお手伝いをして予備実験をやった。なんでも大きなラッパのようなものをこしらえて、それをあの池の水中に沈め、別の所へ、小さなボイラーを沈めたのを鎚(つち)でたたいて、その音を聞くような事をやったように覚えている。第二次の実験は隅田川(すみだがわ)の艇庫前へ持って行ってやったのだが、その時に仲間の一人が、ボイラーをかついで桟橋(さんばし)から水中に墜落する場面もあって、忘れ難い思い出の種になっている。
 墜落では一つの思い出がある。三年生の某々二君と、池の水温分布を測った事がある。池の中島にガルバをすえて、小船でサーモジャンクションを引っぱりあるいては、時々の水温の水平ならびに垂直分布を測った。冬の最中のある日に観測中に某君が誤って水中に落ち、そのために病気を起こした事もあった。水温の分布はあまり珍しい事もなかったが、深い泥(どろ)の中の分布を測ったのは、いくらか珍しいほうかもしれない。
 この観測に使った小船は、今は理学部の北玄関の壁に立てかけて乾燥状態にある。もとは大きな盥(たらい)を浮かべて船の代わりにしたものであるが、いろいろの観測に必要だというので、水産講習所へ頼んで造ってもらったものである。池につないでおくと、たぶん職人か土方だろうが、よくいたずらをして困るので、ああして引き上げておくのである。ナンキン錠をいくらつけ換えても、すぐ打ちこわされるので、根気負けがしたのである。無論土方か職人のしわざに相違ない。
| - | 14:37 | comments(0) | trackbacks(0) | このページのトップへ
文科の某教授
池の周囲の磁力測量、もっとも伏角だけではあるが、数年来つづけてやって来て、材料はかなりたまっている。地形によって説明されるような偏差がかなり著しく出ていておもしろいから、いつかまとめておきたいと思いながらそのままになっている。池の断面の形をした鉄板の片を電磁石の間において、それに鉄くずを振りかけて、その磁力線の分布を、実地と比較した学生もあった。
 池の氷が張りつめた上に、雪が積もると、その表面におもしろい紋のような模様ができる。これはドイツで Dampflcher と称するものだそうで、この成因はあまり明らかでないらしい。田中阿歌麿(たなかあかまろ)氏著、「諏訪湖(すわこ)の研究」上編七一六ページにこれに関する記事と、写真がある。数年前の「ローマ字世界」にも田丸(たまる)先生が、この池のものについておかきになったのが出ている。先生がたのお手伝いをして、例の小船で調べて回ったこともあったが、とにかくおもしろい現象である。
 先年水温を測る時の目じるしに、池の中のところどころに立てておいた竹ざおが雪の薄くつもった氷の上に頭を出している場合に、さおの北側へ妙な扇形の模様ができる事があった。これもおもしろいものである。これに関してはかつて気象集誌に簡単な記事を載せておいた。
 池の水の振動、いわゆるセイシについては、本多(ほんだ)さんたちの調べた結果が、大学紀要の二十八巻の五に出ている。ブリキで作った小さな模型もあったはずである。この池の水の運動についてもまだ調べれば調べる事がいくらでも残っている。池の測深もその時やった結果が紀要に出ている。案外深い池である。
 自分の知っているだけの文献を数えてみても、これだけあるのだから、私などの知らない他の方面の学科に関するものをあげたら、ずいぶんな分量になるかもしれない。これから後にもまだどれだけの可能性があるかわからない。
 こんな事を考えてみると、あの池は、いつまでもつぶしてしまいたくない。大学の地面が足りなくなって、あらゆる庭園や木立ちがつぶされる時が来ても、あの池は保存しておいてもらいたい。景色や風致がどうであるというのではなくて、何かしら学術上の研究資料の供給所として、あるいは一つの実験用水槽(すいそう)として保存してほしいのである。
 ついでながら、あの池の成り立ちについても問題がある。ある人の話では、元来あすこに泉があったのを、前田家(まえだけ)の先祖が掘り下げて、今の形にしたのだそうである。そう言えば池の西北隅(せいほくぐう)から水がわいているらしい。そのへんだけ底に泥(どろ)がなくて、砂利(じゃり)が露出している事は、さおでつついてみるとわかる。あの池から、一つの狭い谷が北のほうへ延びて、今の動物地質教室の下から弥生町(やよいちょう)の門のほうへ続いていた事が、土工の際に明らかになったそうである。この池の地学的の意味についても、構内のボーリングの結果などを総合して考えてみたら、あるいは何事かわかりはしまいか。こんな空想を描いてみる事もできる。

 文科の某教授がとった、池を中心とした写真が、何枚か今のバラック御殿の間(びかん)にかかっている。今ではもう歴史的のものになってしまった。私はいつか、大学百景といったような版画のシリーズを作ったらおもしろいだろうと思った事があった。もしそんなものができるとしたら、その内の少なくも十景か十五景かの中には、きっと、この池の一部がはいっていたに相違ない。それほどに、この池は、風致の上から見た大学にとって特異なものである。それが一夜の火事でだいぶんに変わった。こういう変化は無論不可逆的変化である。これからさきどんなに美しく変わるかしれないが、大正十二年以前に、大学の門をくぐった人々の中にある「池」の影像はやはり火災以前のそれでなければならない。

 われわれの池が、いろんな小説や感想文の場面に使われた例もなかなか少なくなさそうであるが、このほうの文献はそのほうの専門家にお願いしたほうがよいと思うから、ここではいっさい触れない事とする。
| - | 14:36 | comments(0) | trackbacks(0) | このページのトップへ
歌の上
 私はあのお話をきいた時、すぐに、到頭ゆくところまで行きついたかと思いました。私はあの方と直接の交際をしたことはなく歌や人の話で、あの方の複雑な家庭の事情を想像していただけですが、たとえ情人があってもなくても、いつかはああなって行くのが、あの方の運命だったのでしょう。あんなに歌の上では、自分の生活を呪ったり悲しんだりしているが、実生活の上では、まだ富の誇りに妥協して、二重な望みに生きているのだという気がして、私はいつでも、あの方の歌を拝見する度に、ある小さな不満を感じて居りました。が、今度の事件をみますと、しみじみ女としての理解と同情の念が湧いて来ました。女は夫を持てば、誰しも夫に愛されたいことばかりを考えますのに、家出をしたからとはいえ、「我儘者だ」とか「何も取柄のない女だ」などと平気でそんな毒口をきくような良人との間に、どうして純粋な清い愛があったといえましょう。こういう複雑な問題は、単にああなったことを、いいとか悪いとかというたような、世間並な批評は通用しないでしょう。夫人がこういう思いつめた最後の手段を取るまでには、どれくらい人知れぬ煩悶を重ねたことでしょう。私はただ人間としてあの方の境遇を非常にお気の毒に思います。今度のことは決して浮っ調子な、大勢の人々のひまつぶしな冗談として、ききすてることの出来ないことだろうと思います。
| - | 14:36 | comments(0) | trackbacks(0) | このページのトップへ